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高橋さんの生命農法研究会から届く野菜セット
昨年の春から毎週火曜日にお店に届く卵とお野菜セットに関して、かなり気になっている方も多いと思います。
そして、もう既に定期的に火曜日にいらして、その時々の旬の野菜をご賞味下さっているお客さまも多く見受けられます。今週なんて、入荷したその日にほぼ完売していましたものね。(その旨を伝えたら高橋さん感激していましたよ。)
このお野菜セットは、卵を届けて下さる高橋さんと、そのお仲間が一生懸命作っているものを見本として送っていただいています。
¥3000セット
¥4000セット
の2種類がありますので、ご家族の人数さまに合わせてお選びいただけます。
私の場合は二人暮しなのですが、¥3000のセットを一週間でほぼきちんと使い切ってしまうくらいの量です。(かなり頑張って使わないとっ!の量だけどね。)卵と、その季節にとれる野菜十数種が組み合わせになっています。
果物が入っていることもあります。
たまにはお餅が入っていることも!(高橋さんの所の元気なおじいちゃんとおばあちゃんが、杵と臼でついてくれたものです。すっごい美味しかった!)
その時々で黒豆やら乾燥ワカメやらかんぴょうやら茎ワカメやら酢大根やらといった、何かおまけのように付いてくる一品が泣かせるんですよ。
まさに田舎の親戚から届くようなそんな嬉しい詰め合わせです。
顔は見えないけれど、声は聞いたこともないけれどそれでも、どこか同じ空の下にいて頑張っている第二の家族のような存在に、『 この野菜や果物・卵を食べてまた元気に頑張れや! 体だけは、気付けや! 』 そんな思いでこの箱にお野菜をつめて下さっていることが、箱を空けた瞬間に分かります。
栃木の空気も届くから。
確かに、お野菜の詰め合わせセットの宅配をしている企業やグループは他にも沢山あるけれど、高橋さんのところから届くセットには企業や大手グループにはない、親近感とか優しさとか愛とかが感じられるのが大きく違います。
高橋さんは栃木県益子町でかなり独自性のある世界観で、明日の未来の日本・地球のために農業をされているすごいお百姓さんです。
本も出しています。
『生命農法 高橋丈夫著』
すごいお百姓さんが書いた、すごい本です。
是非、ご一読下さい。
目から鱗というか、ちょっと琴線に触れます。
私なんかは、人生観にまで影響を及ぼされてしまいました。
(ちなみに、高橋さんの著書はぼぼりでも販売中です。)
しかも、高橋さんが作る農作物の味の方は?
安心、安全、そして美味しい!
法蓮草の甘さにびっくりするはず。
おひたしにすれば、その差は歴然。(ただ、見栄えは悪い事も多々ありますよ。それは、仕方がない事です。無農薬なのですから。)
こんな元気なお野菜を使っているとお料理が断然楽しくなります。
そして、食事の時間が待ち遠しいものになります。
今、あなたの食事は楽しいものですか?
家族のためにお料理するのは楽しいですか?
家族はあなたの作るご飯を「美味しい。」と言って食べてくれていますか?
今、どんなものが畑で育っているのかちゃんと知っていますか?
家族がいないから、一人暮らしだからと言って食事をおざなりにしてもいいということではありません。
勿論、『長生きなんかしたくないもん。』
『病床で一生を終えても悔いはないもん。痛い痛いと言いながら暮らしてもつらいとは思わないもん。』
『将来的な体のことなんて考えている暇はないもん、今の目先の楽しいことでいっぱいいっぱいだもん。』
なんて方は別にこの先は読むこともないし、お手軽ファーストフードばかりの食事をとり続ければいいと思うし、それは、人それぞれの人生観なので私と違う人生観なのだなぁと言うだけのことなので、オッケーと思うのですけど。
でもその逆で『いや、出来るだけ長く健康に豊かに自分が思い描いた通りの人生を過ごしたい!』と思うのだったら、食事のこと、自分が口にするもののこともっと、真剣に考えてほしいと思います。
何故なら、私達の血を作り細胞を作り骨を作りひいては考え方まで左右しかねないものだから。
私達のからだは、絶え間なく新陳代謝をくり返し1年で全ての細胞は入れ変わるくらいのスピードで変容していきます。
だから、食生活に気を付けていれば確実に体は変化していくものなのです。
本当ですよ。
この一週間、あなたは何を食べましたか?
思い出せますか?
私は、ぼぼりというお店を西荻窪と荻窪二店舗運営しています。
しかも、プライベートでは一主婦でもあります。
パートナーは別に仕事を持つサラリーマンです。
お互いの仕事のサイクルとお休みは全くと言っていいほど、ずれています。
はっきりいって、かなり忙しい部類の人間だと思います。
農家さんを廻るために、地方に出張にも行くし、海外まで食べ歩きに行ってしまったりもします。
しかも、遊ぶことも大好きです。
趣味も多い方だと思います。
好奇心の固まりが服を着ているので、あれも見たいこれも見たい、あそこにも行きたい、これも食べたいあれも食べたい、いろいろなところに足も運びますし。
兼業主婦の私は、専業主婦をしている奥様ほどきちんと家事をこなすことが出来ないので、その穴埋めというわけではないのですが、出来るだけ手作りのもので、一緒に美味しい夕飯を食べることで、夫婦のとてもいい関係性を保つことが出来ていると思います。(同じものを食べるというのは、コミュニケーション上大切なことらしいですよ。夫婦だけではなく。よく同じ釜の飯をたべるっていうじゃありませんか。)そうはいっても、忙しい私はお買い物に行く時間さえないこともあります。
でも、私のどうしても曲げることの出来ないポリシーとして
1 栄養が片寄ることなくまんべんなく色々なものを摂取したい!
2 できるだけ化学薬品が添加されていない、安全なものを選びたい!
3 可能な限り自分で手作りしたい!
4 2日と同じものを食べたくない!
5 和・洋・中華・アジアン・イタリアン・エスニック色々な国のものが食べたい!
6 デザートも食べたい!
7 そして一番は、なにより、不味いものだけは絶対食べたくない!!!
そんな欲張りで自分に対して贅沢でどん欲な私は、宅配便で野菜をとったりして時間を有効に使い、しかも農家さんから直接届く旬の一番栄養価の高い新鮮野菜を口にしています。
そうなのです、旬のものは安いだけでなく旬でない時期の栄養価とは比べ物にならないくらい、優れているのです。
植物って不思議ですよね。
そして、賢いですよね。
だから、栄養価のないものが売られているのには、私達消費者のわがままが大きく影響しているのも、忘れてはなりません。
私達わがまま消費者は、旬を外れてもお野菜や果物がスーパーの店頭にないと、「どうして置いてないの?」
と、言う。
小売店は、生産者に旬を外れても作ってくれるように言う。
生産者は、仕方なく人工的に作れる環境をつくり出して作ろうとする。
しかし、やはり自然にはかなわなくて、人工的に作るのでとても大変な思いをする。
そして大切な商品であるお野菜や果物に虫がついてしまったり、病気になってしまったりする。
そうすると売れない。
売れないと、農家さんにも生活がある訳で困る。
そこで、病気などにならないように農薬を使う。
見栄えを良くするために、早く大きくするために化学肥料を使う。
果物などは、甘いほうが消費者のニーズに合っているからと甘くするためのお薬を注射したりもするらしい。
果たして、そんなことで本当にいいのだろうか?
エネルギー的エコロジーの観点からも。(冬に夏の作物を作ろうと思ったら、ビニールハウスの中にがんがん暖房をたいて暖かくしないと、作れないんだよ。)
化学物質が人体におよぼす影響からも。(今は安全とされているものだって、月日が経たないと本当の安全性は科学者でも証明しきれない部分、未知の領域があるということを忘れてはならないと思うのです。)
東京の23区内に住んでいる都会の生活は、恐ろしいくらい本当に便利で、快適で夜中でも活動できて自然の営みがあることなんて想像をしなくても考えなくても生きていけるくらい、特殊な環境だけど本当は、どこかで誰かが汗まみれになって命をかけて食べ物を作ったり採ってきたりするから食べ物がスーパーに並ぶんだってことを忘れてはいけないと思う。
この今の時代、男の方の稼ぎだけで家計をやりくりできる恵まれた家庭は少ないし、また仮にやりくりが出来たとしても、女の人も自己実現の方法としてバリバリ仕事をしている人も沢山います。
しかも、子育てをしながら。
でも、実際問題、家事と仕事の両立そしてプライベートの時間も充実させたいとなるとかなりの努力を強いられ、大変なのもこれまた、現実です。(余りにも頑張り過ぎてしまって燃え尽き症候群予備軍になって、目が釣り上がっている方電車の中で見受けられますものね。最近、100%の笑顔が出来る笑顔美人さん減りましたね。でも、つらいときこそ笑顔がないとHAPPYは引き寄せられないと思うけど。)
そしてそんな余裕のない状態が続いて、心にささくれがたってくると、一番しわ寄せが行くのがなぜか食事。
「作るのめんどくさぁい。」
安くて早くて手軽で食器を洗う手間もないから、カップラーメン。
下手すると、「食べるって行為自体うざったぁい。」って、いう猛者もいますけど。
もちろん、私だって、忙しくてどうしようもない時の非常手段として年に何回かは、カップラーメンやカップ焼そばを口にすることはあります。
でも、それがほとんど毎日のお昼ご飯やおやつ、主食になってしまっている人いませんか?
脳の中の満腹中枢がお腹一杯になりましたというサインを受けさえすれば、食べたもののその中にどのようなものがはいっているかなんて、全く興味や関心がないという人いませんか?
手を抜こうと思ったら、いくらでも手を抜くことが出来るのが食事です。
機能性食品も本当に沢山売られていますものね。
でも、栄養素だけを取り出してそれを構築して食べ物のように作られたものは、非常食として上手に取り入れるのは良いとしても、それが毎朝の食事になるというのはどうでしょう?
お野菜や果物も、自生しているものを食べるわけではなく確かに誰かが作ったという意味では、機能性食品と変わらないかもしれません。
でも、お野菜達は太陽を浴びています。
風を受けて育って自分の中に命を持っています。
そして、生きているということでエネルギーを持っています。
そうです、お野菜達は自分たちのエネルギーを私たちに分け与えてくれるんです。
ちゃんとしたお食事を摂らない、摂れない人達はそれが積極的に良いこととは思ってなくても、しょうがないんだよ、時間がないんだから、面倒臭いんだからって、みんな思っているんじゃないでしょうか?
だからこそ、前述したように私は宅配という手段を自分の生活に強制的に組み入れることで、必然的にでも野菜を食べるように料理をする体制にしむけているともいえます。
毎週、元気な野菜が届いてご覧なさい、無駄にしようとは思わないから!
何とかしてでも、これを上手に食べてあげようっていう気になりますって。
私が小さい時には、食べ物を残すと「一生懸命作って下さっているお百姓さんに、申し訳ないよ。」といわれたものでした。
おばあちゃんにいたっては、「食べ物残すと目が潰れるよ!」ときたもんだ。
でも、いま誰も食べ物を残したってそんなことを言いもしない。
『勿体ない。』なんて言葉は、死語となりつつある。
だけど、本当にそんなことでいいのだろうか?
我が国の自給率がいくつだと思っているんだろうか?
また、家庭における食べ物の廃棄率は7%とも10%とも言われている。
冷蔵庫に入れて食べないまま捨てられてしまう、可哀想な運命をたどる食べ物達はこんなにも沢山あるのだ。
仮に、一ヶ月の食費が3万円だとすると1年間で36万円。
10%で計算すると、なんと3万6千円!
こんなにも廃棄しているなんて!
お財布に入っているお金を落としたら大騒ぎする癖に、食べ物を無駄にするのは全然平気というのはどこかおかしくないだろうか?
自分の体を気づかって、24時間体制で管理できるのは他の誰でもない、自分自身でしかないのですよ。
お医者様でも、看護婦さんでも、お父さんでもお母さんでもなく。
自分のこと大事にしていますか?
もっと、自分のこと大事にしてあげませんか?
私は、ものすごく自分のこと大事にしています。
これは決して、ナルシスティックな意味ではないですよ。
心も身体も健康でなければ、お客さまに喜んでいただけるいい仕事をし続けることは出来ないと思うからです。
心と身体の健康があってはじめて、いい仕事ができるはずだと。
健康グッズや化粧品、サプリメント、アロマテラピー、気巧、マッサージ、入浴法、身体にいいといわれること・ものは、ほとんど試します。
アロマセラピーに関しては、学校まで行ってしまいました。
ハッキリいって健康おたくですね。
でも、色々勉強したりしたことで分かったことは、自分で自分の身体の声を聞くことが出来ることのできる人は少ない!ということでした。
自分の身体の声?
なんじゃそりゃ?と思っていますか?
お腹がすけば食事をするし、眠くなれば寝るし、トイレにいきたくなったら用を済ませているから、身体の声を聞けていると思ったら、大間違いです。
それは、本当に人間の人間たる本能の部分ですから。
私は色々なアロマセラピーを勉強をしていたときに、生物学や精神衛生学、ボランティア論、解剖学や栄養学やらといった生きていくのに本当に必要な知識を学ぶ機会があって、それらの講義を色々聴いていくうちに、次第に身体の声を上手に聞くことが出来るようになり、生きるのが以前より断然楽になりました。
「今、私の身体はこんなことをしてもらいたがっているんだぁ。」
「こんなに酷使しちゃったけど、大丈夫だったかなぁ。明日も頑張って欲しいからこういうものを飲んでおこうかなぁ。」
と、いった具合にね。
本当は、学校と言う場所はこういうことを一般教養として必須で教えた方がいいんじゃないの?と思える内容が沢山ありました。
ただ、今考えれば、私は小さな頃から食べることに異常に執着心の強い、美味しいものに敏感な子供でした。(三つ子の魂百まで?)
そんな私は、母からとても嫌がられたものでした。
「 卑しい! 」と言って。
食べさせてないみたいじゃない!?と、言って。
昔は、余りにも食べ物に関してあれこれ言うのははしたないという風潮にあったんですよね。
食べ物を残すなんてもってのほかでしたしね。
だから、小さい時に嫌いでのちに好きになった食べ物が多々あります。
代表的なものは、てんぷら。
お蕎麦。
パスタ。
私の母の料理の腕うんぬんではなく、家庭料理では限界がある食べ物ってありますよ
ね。
そういうものは大きくなって頻繁に外食をするようになって、「えっ、これが○○だったの?なんだぁ、本物は美味しいじゃん。」と、目を開かれて大好物になるといった具合でした。
子供の頃にお蕎麦が嫌いだったのは、お蕎麦が嫌いだったのではなくて本当のお蕎麦、美味しいお蕎麦を食べてなかったからだ!っということが判明したわけです。
しかし、実際は『 たべさせてないみたいじゃない!? 』という家ではなく、むしろ食べ物には比較的恵まれた家庭だったと言えると思います。
高度成長期に自動車産業の資材課に勤務していた父のところには、御中元御歳暮シーズンともなれば、家の一部屋が贈り物の品々で一杯になってしまうような状態でした。
ですから、私達子供達のおやつのグレードの高さといったら!
いまでこそ色々な菓子があふれていますけれども、その当時は銘菓と言われるものは今ほど多くなく、「 お菓子といえばこれでしょ。 」というものがあったのですが、それらこれでしょのお菓子は私にとっては日々のおやつでしかありませんでした。
文明堂のカステラやどらやきやゴーフルや、神戸牛のジャーキーを甘辛く煮たようなものとか、泉屋のクッキーとか。
だから逆に、私くらいの年代だったらみな持っている駄菓子やさんに、お金を握りしめてわくわくしながら駆けていった記憶はないのです。(涎が出るほど羨ましかったけどね、駄菓子やさんに行かれる子のこと。)
しかも、父方の祖父が中華料理店を営んでいた関係で、厨房というのは私にとって楽しい遊び場でしかありませんでした。
勿論、コックさん達はさぞ、嫌だったと思いますよ。
オーナーの大事なお孫さんである私が、万が一厨房で火傷や怪我でもされたらと思うと本当に気が気ではなかったと思います。
でも、そんなありがたぁ〜い環境があったからこそ今日の私を形成してくれているわけです。
感謝。
さらに、家の母は何故か「化学調味料=旨味調味料」を使わない人でした。私たちが子供の頃は、「化学調味料を食べると頭が良くなる」と信じていた人が多く、お漬け物にパラパラ、お味噌汁にさささっ、当然お総菜を作るときにはぱっぱ!が合い言葉みたいな時代だったんです。
だって、下手するとお醤油の隣に置いてあったもんなぁ。
でも、そんなカリスマ調味料の地位が危うくなったのはその後何年後の事だろう。
石油から作られた化学合成品であるということが露見してからだったと思う。
勿論製造側は、そんなことは否定してサトウキビから作られていると宣伝をしていたが、事実は闇の中だ。
海外でも、「チャイニーズシンドローム」といって、中華料理を食べると「口の中がネバネバする。」「のどが以上に乾く。」「頭痛がする。」とかいって、具合の悪くなる人が出て、化学調味料がふんだんに使われている中華料理が一時敬遠された時期があった。
今は、もうそんなことはない、きちんとサトウキビから取られていると思うけど、昭和40年前半のことはわからない。
で、うちはその謎の調味料とは無縁のまま大きくなることが出来たのは、あの時代の中では結構すごいことだと思う。
だから、その面では本当に感謝している。
(いまでも、私の舌は化学調味料に素早く反応するくらい。)
そして私が、始めてアルバイトを許された18才の春から、仕事といえば接客業がほとんどでした。
ロイヤルホストから始まり、皇居の近くにある某ホテルの地下にある高級中華料理店、ホテルの宴会(忘年会やテレビ局の番組打ち上げ会、政治家の団体の催すパーティー、婚礼披露パーティーなどなど)、青山にあるフランス料理店のギャルソンヌ、代官山にある某画家の方の経営するギャラリー兼雑貨屋さん、イベントコンパニオン、山梨県の清里にあった叔父の喫茶店に大学生の一夏を過ごしたこともありました。
千葉県岩井海岸で水泳を教えていたこともありました。
そして、本当に沢山の人を見てきました。
人観察が大好きだった私は、そこである法則に気がつくのです。
「幸せそうな人は、間違いなく肌が綺麗!」
色々な人種を見ました。
芸能人。(青山、代官山、半蔵門で働いていると本当によく見れますよ。)
政治家。(半蔵門はなんってたって永田町に近いから、よく先生方がご利用になられていました。)
マスコミ関係者。(日本テレビさんが近かったので。)
デザイナー、アパレル関係者。(青山には事務所が多いから。)
ヘアメイク関係者。(あの藤原紀香を世に出したカリスマ美容師の美容院が近くにあったので。紀香さん本当にお綺麗ですよ。)
ちょっとここではいったら憚られるような人々もいました。
お金は持っているんでしょうけれども、品がなくてお客として歓迎されない人々もいっぱいいました。
お顔だちは綺麗ですけど、人間として全然魅力もない人もいっぱいいました。
何の仕事をしているか、どれだけお金を持っていていいものを持っているかとかより、その場の空気を変えることが出来るくらいの円満な人間性を持っている人の方が素敵だな、と思ったのはその永年の接客業という経験の賜物でした。
接客業は、いままでは格下の職業と以前は見られていました。
昨今の、空前のカフェブームで、若い人が接客業をやってみたいと思うようになってその風潮もだいぶ変わってきて、良かったなぁと私個人は思うのですけれど。
でも、接客業を通して見えて来る社会って実は深いと思うのですが。
そして、接客業のプロというのは本当は頭が良くないと出来ないと思います。
頭がよいという表現が語弊があるとするならば、想像力のある人でなければよい内容の仕事など出来ないと思います。(だってね、そうすると接客業をしている私は自分で自分のことを頭いいと言っていることになるじゃないですか?で、私は自分で自分のことを頭がいいとは思っていないので。でも、出来るだけ想像力を働かせる努力はしているので。)
かくいう私も、接客業に誇りを持つことが出来るようになったのは、あるスチュワートとの出逢いがあったからです。
スチュワート、そうです、スチュワーデスの男の人版ですね。
5〜6年前になるでしょうか?
いつも、私はユナイテッド航空を使うのですが、香港の友人を訪ねるためにその日はビジネスクラスの座席に座っていました。
通常は、エコノミーに乗るのですがその日はエコノミーがいっぱいでとれずに、でもどうしてもその日以外の出発ではスケジュール的に厳しいということで初めての、ビジネスクラス体験となったわけです。
ビジネスクラスのエリアに足を踏み入れると、周りはいかにもビジネスマンといった風情の男性ばかりで、若い私はとても居心地が悪かったのですが、ある一人のスチュワートの的を射た素晴らしい機転の利いたサービスのおかげで、極上のビジネスシート初体験となったことからです。
普通だったら、若い女がひとりでそわそわビジネスシートに乗っていたら、「こいつ、場違いなところにいやがるぜっ!金持ちのお嬢ちゃんなわけないだろうしなぁ。ちょっとからかってやるか。」って意地悪心がむくむくっと出てきて、意地の悪いサービスをする人も結構いるんですよね。
フランス料理店とか、ホテルとか、老舗の和菓子屋さんとか。
いわゆる、慇懃無礼ってやつ?
多いよねぇ、若い人が入りずらい場所って。
私のものの言い方とか、マナーがちゃんとしていなくて意地悪されちゃうならまだしも、若いということだけで「格下」の扱いをしてしまうお店って、今でもあるよね。たしかに若い人の中には、意地悪されても仕方のないような無礼な振る舞いや、場の雰囲気を読むと言うことが出来ない人や、口の利き方のわからない人も多いから、そういう気持ちもわからなくもないけどね。
でも、そのスチュワートはそんな気配を微塵も見せずに、尻込みしている私がくつろげるようになにかと気を配ってくれて、しかも彼のパーフェクトな仕事ぶりと、自分の仕事に対する誇りのようなものを見せつけられて、接客業のすごさを改めて考えさせられたのでした。
このフライトは、本当に私にとって素晴らしい経験でした。
それ以来、自分自身で卑下していた部分もあった接客業に誇りを持つようになった大きなターニングポイントとなった一件でした。
お肌の話に戻りましょう。
そして、その円満な人間性を持っている人は、必ず肌が光り輝いているんですよ。
それも、内側から。
お化粧が上手っていうのも一つのエレメントとして十分考えられることですけれど(きっと幸せな人は、お化粧にお金と手間をかけられるだけの環境にある!)、とにかくそれだけでは説明が付かないような、なんだろう肌から何かキラキラしたものを発しているんですよね。
お金がある=エステティックサロンに行くことができる=肌が綺麗になる。
それは、本当に確かにあるでしょう。
今の美容業界は本当にすごいから、プチ整形もありでしょうし、アートメークもありでしょうし、若返りのためのホルモン注射もありだし。
でも、いくら目鼻立ちが整っていて綺麗にお化粧を施していても、生活が荒れて食事も不規則で、便秘をしていてたらその女の人は綺麗でしょうか?
その人の肌は光り輝くでしょうか?
勿論、接客業をしていた私が肌が綺麗と思って見ていた女性達が、果たして本当に幸せだったのか、それはいまとなっては分かりません。
だって、その時お客さまとしていらしていたその女性とウエイトレスをしている私が直接話をする訳もなく、あくまでも私の人観察の結果、私の感がそう思わせたから。
ただ、あの後色々なことを学ぶ機会を得て私なりに下した結論は、『やはり幸せな人は肌が綺麗!!』
それは、幸せな人というのは心に余裕があって人とのスタンスの取り方が上手でストレスマネージメントが出来ていて、ホルモン活動が正常だからです。
そして、自分自身のことを大事にしているからです。
自分自身を大事にしている人は、周りの人家族も大事にすることができると私は思っています。
私は、この年になっても綺麗になりたい願望が強いです。
でもそれは、自分が自分のことをきちんと管理出来てはじめて成立することだと思うのです。
健康。
仕事。
自分自身の感情。
食事。
住環境。
ストレスマネージメント。
人間関係。
、、、自己管理って大変。(こんな風に書いている私もいつもドタバタドタバタ、失敗の連続の泣き笑いジェットコースター人生ですもん。)でも、少しずつでも出来ることから始めたいですよね。
さぁ、今日から少し食生活見直して見ませんか?
ぼぼりはそんな小さな努力のお手伝いをするために、世界中の美味しいものをご紹介もしていきます。
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