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Megダイアリー 2002年11月30日(土)

M子

私が通っていたのは、世田谷区にある四年制の総合大学。
私自身は文学部国文学科だったので、学部は女生徒の割合の方が男子生徒を上回っているのが、明らかに目視で判るような状態でしたが、経済学部や法律学部、経営学部などは明らかに男子ばかりで、学校全体で見ると、男の子の数の多い大学でした。
しかも、仏教系大学だったので、衣を身にまとって一休さんのような頭をした男の子も一杯いたし、何故か3年制の放射線科もあって白衣の子達もいた。
さらに、夜学もあったので、バラエティに富んだ色々な生徒のいる学校だった。
渋谷から近いせいもあって、女の子にはイケイケのおねぇちゃんも少数ながらいたが学力程度の割には、真面目な学生が多い学校だったかなぁ?

で、入学式。
講堂から出てきた新入生達を、先輩方が迎え、その様はハイエナが獲物に群がるようだ。
勿論、綺麗な女の子に対しては獲得の為の勧誘が凄まじい。
普通程度の勧誘しか受けなかったごくごく一般的な女の子の私は、今後の4年間を楽しく過ごすためにいったいどこのサークルに所属するべきか悩んでいた。
テニスの活動が活発で、試合にもちゃんと出ているサークルがいいか。
それとも、もっと人間的なつながりの深そうな仲良しサークルがいいか。
結局、新生活に緊張していた私は、諸先輩の男の方々の気取らない優しいお兄さん振りに惹かれて、シーガルスポーツクラブに入ったのでした。

私たち1年生の女の子はとっても大切にしてもらって、私の上に兄姉のいない私は、楽しくて楽しくて仕方のない状況でした。

私たちは4年制だったので、常に学内にいたので、出店と呼ばれるサークルの溜まり場に行こうと思えば幾らでも行くことが出来ましたし、また、次は○○教授の講義だから教場を移らなければという時や、お昼ご飯の時には前を通ることも多く、結局は用もないのに出店に溜まるということも多々あるわけです。
でも、同じサークルには系列の短大の子や専門学校の子とか他校の子もいるわけです。
サークルで過ごす絶対時間に差があるのは否めない事実でした。

そうなると、何となく、女ってひがみっぽいしまだ若いしで4年制の子達バーサス他校みたいな雰囲気がなんとなぁく出来上がっちゃったりして、そんな中で、今までのたがが外れてとってもはじけてはじけきっちゃっていた当時の私はきっと他校の子達からすれば「なんじゃ、あいつ。」と、思われていただろうと思うし、見た目と違って以外と人見知りの激しくプライドの高いひねくれ者の私は自分から自分を判って貰えるように愛想良くする努力をしたりはしませんでしたし、、、
勿論、男子や先輩方はそんな私たちを贔屓することなく、むしろ他校の子を気遣う態度や配慮をしていました。
そんな中で、その他校組の中にちょっと私が苦手だなぁと思っていた女の子がいました。
それが、M子でした。
きっと、彼女と私って似ていたんだと思う。
そして、M子も私のことは嫌いだったと思う。

そんなことで、特別に仲良くなることなく2年が過ぎて彼女たちは社会人になっていった。
むろん、喧嘩することもなかったけど。

そして、彼女がサークルの同級生と結婚して、彼の実家のある福島に嫁いでいき、きちんとお嫁さんをしていることを後に聞き、私も結婚してお店を出して、、、
そんな中で、時々電話をしたり季節の挨拶でお互いの近況を知らせるようになり、学生時代よりお互いのことを深く理解し合うようになった気がする。

学生の頃から勤勉で真面目だった彼女のことだから、長く勤めていればきっと仕事の分野でも頭角を現したであろう事は容易に想像が出来るのだけれども、そういう道を選ばすに、愛する人のために潔く福島に嫁いだ度胸。
(因みに彼女は東京生まれの東京育ち。)
そして、慣れない環境でも二人の女の子を立派に育てていること。
そんな、どんと肝っ玉の据わっている様を、純粋にrespectしたいと思うし、そういう存在があること、私にとってはある種の支えでもあります。
想うとあったかぁい気持ちになります。

逆に彼女は、私の事を「メグだから出来たこと。本当に良く頑張っていると思うよ。
無理はしちゃダメだよ。」と、いつも褒めてくれ、労ってくれ、そして賛辞してくれる。
大人になると褒めてもらう事って本当に少なくなる。
それなのに、彼女はいつもそういう風に言ってくれる。
素直に嬉しい。
そして、ますます頑張ろうと思う。

M子、いつもありがとう。
これからもっともっとお互いのことを理解できると良いね。
でも、何はともあれ、また逢った時には大酒くらって壊れよう!!!!!

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Megダイアリー 2002年11月29日(金)

福福黒豆

当店で扱っている蜂蜜と、リンゴジャム、ハスカップジャム、黒胡麻蜂蜜などを卸してくださっているハニーメイドさんの季節限定品が、当店にも入荷しています。

その名は福福黒豆。
なんか、縁起良さそうな良い名前でしょ?
とっても大きな黒豆で、見た目もかなり福々しい。
お味の方は、蜂蜜を使っているので、最初口に入れた瞬間はちょっと甘め?と思うのですが、お豆を噛み始めるとお醤油の味もするしお豆の味もしっかりしていてむしろ薄味に仕上がっています。
べたべたに甘いということはありません。
お正月の前にクリスマスもあって、まだ12月になってない今、なんとなく「今買っちゃうとなぁ。お正月までとっておかないで食べちゃいそうだよなぁ。」って思われるむきもあるでしょうけれども、実はこれはメーカーさんが受注生産をしているので、当店のもそのうちの一ケース。
超限定品です。
24個しか入荷していないので、入手したいお客様はお急ぎ下さい。

お正月は、うちは2人家族なので、とっても簡素なお料理しか用意しないのですが、やっぱり黒豆は欠かせません
お雑煮は、来年も鴨肉で作るつもり。
私のオリジナル鴨お雑煮。
今年、初めてお正月に作ってみたのですが美味しかったんです。
主人にも大好評で、、、
あとは、主人が好きなので、上等なかまぼこ、田作り、栗きんとん、数の子、なます、昆布巻き、松前漬け。
私はお餅さえあればあとは特におせち料理がなくてもいい人なんですけど。

子どもの頃の、お正月はもっと特有の匂いがあった。
凛と清々しい透明感溢れる空気。
寒さもあったかもしれないけれど、新年を迎えるんだという緊張感で身が引き締まる思いがした。
「今年こそ。」と今年の抱負を心にしっかり刻みつけたりした初々しい私自身が懐かし気もします。
今は、お正月からコンビニは営業しているし、来年からは池袋西武が初売りを1日にしてしまったりということで、このお正月が以前持っていたある種聖なる日という感覚は、過去の遺産ですね。
ハレの日という異な雰囲気がなくて日常の流れに完全に乗っかってしまっていること、残念です。

今年も、あと一ヶ月ですね。

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Megダイアリー 2002年11月28日(木)

齢を重ねること

今日は誕生日。

朝から、浜松の友人から「お誕生日おめでとう。」という電話がかかった。

以前は無条件に嬉しかった誕生日も、今は嬉しいというよりも身が引き締まるような気がする。
子どもの頃は、PRESENTが貰えるから嬉しいし、年頃になれば彼氏が自分の為に特別な食事の出来るシュチュエーションをセッティングしてくれて、PRESENTを用意してくれて、優しくもしてくれてプチお姫様気分を味あわせてくれるから嬉しい。
でも、今は、今年もこうやって私の誕生日を「おめでとう」と祝ってくれる夫、友人、知人がいるという事実にありがたいという想いが先に立つ。
そして、私はこうして同じように私の周囲の人を幸せにしているのか?と考えるから身が引き締まるのだ。
そして、年々身の処し方を振り返ることが多くなり、この先のこととかも考える。

私の生まれた朝は、どんな日だったのだろう。
(因みに、故尾崎豊氏と生まれた年も日にちも一緒。)

私の誕生日は私の両親の結婚記念日でもある。
「おめでとう」

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Megダイアリー 2002年11月27日(水)

海が危ない

スペインで大型タンカーが沈んでしまい、大量の重油が流れ出し、環境汚染に対する重大な影響が心配されている中、先日は日本海でカラーテレビの積み荷を崩した船から、それらの無惨な漂流物が石川県の海岸に何百という単位で打ち上げられた。
そして、今日、大島沖で座礁し炎上。
今まで、船って安全というイメージだったけど、ここ数年とても事故が多い。
そして、今月は特に多い。
海運業業界で何か、起きているの?
海は色々な生命の源、それが一回の事故で考えられない程広範囲に生態系が崩され、幾万匹という魚が死んで、幾万羽という鳥たちがオイルまみれになり、私たちの生活を脅かす。
原子力の目に見えない汚染も怖いけど、重油による目にまざまざと知覚し自覚できる汚染・被害というのも怖い。
今回の事故の被害が少ないことを祈りたい。
そして、海の事故が起きないように関係各所がもっと気を配ってくれるようにしてもらいたい。
今を生きている私たちだけのものではないんだからね、海という財産は...。

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Megダイアリー 2002年11月26日(火)

すっげぇ〜むかつく!!!

先日、ひさびさにむかつき事件発生!
ウゥ〜ウゥ〜ウゥ〜。(サイレンのつもり)

当店に男女のお客様。
男性は女性に「可愛い若いおねぇちゃんのいるお店に連れて行ってあげる。」という誘い文句で当店に連れてこられたらしかったのですが、(そりゃぁ、高校生の若い女の子がお店に立っていることもあるからね)でも、お店にいたのは『私!!!』で、私を見たその男性「どこが可愛い若いおねぇちゃんなんだよ!ばばぁじゃん。」だって!
むかつくぅ〜。
私より遙かに歳のいっている男の人に言われたくなぁ〜い。

うちは、風俗店でもキャバクラでもなんでもないんだから、女の価値を若さで計るなよ。
女の人を「女性」としか見ない人っているからね。
女の人を「人間」として見てくれない人は厭だ。
って、これくらいのことでそんな議論までしなくてもいいか、、、

ごめんね!ばばぁで!

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Megダイアリー 2002年11月25日(月)

先週は...

先週の月・火・水と三連休させて頂きました。店頭に、結構前から今月のお休みを掲示していたつもりだったのですが、みなさん、ご覧になっていなかったようですね?
私の体調が悪くて休んだと思った方、結構いらっしゃったようで、ごめんなさい。ご心配をおかけしました。大丈夫です。大丈夫どころか、立山に行ってました!
立山に関しては今、文章書いてます。もうすぐ、アップします。雪山の写真も一緒にね。

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Megダイアリー 2002年11月24日(日)

拉致被害者の家族を見ると...

拉致被害者の方々が日本に帰国して、1カ月余が過ぎました。

拉致被害者の家族の方々を見ていると、「どうして、こんな仲の良い家族ばかりを狙って北朝鮮は拉致していったんだろう。」ってことです。

仲の悪い家族もこの日本には沢山存在しているはずなのに、よりによって結束の固く仲のよくかつて幸せであった家族ばかりをわざわざ狙ったんじゃないかと疑いたくなるよう。
拉致被害者の家族や「救う会」の方の皆さんの必死で大切な人達を捜す様子をテレビで目にするだに、辛い気持ちになるのは私だけではないだろう。
今度北朝鮮に調査団が行くときに持っていく為にとったというビデオレターなんか、ニュースで流れれば涙なしでは見ることは出来ない。

10年もすれば教科書に今回の拉致問題が掲載されるでしょう。
「2002年、北朝鮮・平壌で金成日と小泉純一郎総理大臣の間で日朝首脳会談がおこなわれ、そこで歴史的な平壌宣言がなされ、国交正常化に向け大きく前進し、金成日は拉致問題を認め正式に謝罪した。」と。
歴史は間違いなく、毎日の小さな積み重ねで出来ているんだと実感するのは、こんな時です。

でも、まだ、拉致問題は解決していません。
一日も早く全容解明がなされるといいと、毎日祈るような気持ちでテレビを見ています。

それにしても、私たちが知らない事実ってまだまだ一杯あるんですね。

私が通っていた中学校は文京区の千駄木という所にありました。
森鴎外の屋敷跡などがあるお屋敷町、とても静かな江戸情緒の残る閑静な住宅地の高台にありました。
坂下はこれまた好対照。
下町情緒たっぷりの商店街が続いていて、昔ながらのお総菜やさんやお煎餅やさん、お魚やさんなど様々な人々の暮らしを支える商店が魅力的な絶妙なバランスで軒を並べていました。
そして、その商店街を抜けると区界がありました。
区が違うと、こうも雰囲気が変わるかというくらいがらりと趣を異にするのが不思議なくらいでした。
で、その違う区には朝鮮人学校がありました。
私は越境通学をしていたので、電車通学でしたので、隣の駅から乗り込んでくるチマチョゴリの女生徒達を目にする機会は多いので、不思議なことは何もなりませんでしたし、むしろ女らしいスカートで長い風が吹けばふわりとゆれる様が羨ましくさえありました。
でも、彼女たちはいつも何かに鋭く目を光らせているようなガードの堅さを感じさせるオーラをまわりに漂わせていました。
そのころの私たちは判らなかったけど、きっと、チマチョゴリを着ていることで(一発で在日朝鮮人とわかるだけに)嫌がらせとか受けていたんだろうなぁ。
同じ学年にも、在日朝鮮人、在日中国人の生徒が何人かいました。
私たちの学校は、特別なにか道徳教育があったわけではありませんが、在日の子達を特別な目で見ることもなく本当に普通に友人関係を築いていました。
いじめとか、全くありませんでした。

中学三年生になった時のクラスがみんなとっても仲良しで、男女の仲も良くてしょっちゅう男女含めて十数人で一緒に遊んでいたんですが、ある時在日朝鮮人の子のお家にみんなでどやどやお邪魔したときのこと。
そこのお母さんが友人を沢山連れてきた自分の息子を見て絶句し、「まぁ、うちの子にはこんなにも沢山お友達が居たの、、、みんな、仲良くしてくれてありがとう。ど
うぞ、ゆっくりしていって下さいね。」と、(本当だったら、十数人もの子どもが2階にいて階段をどたどた上がり下がりしたりしたら迷惑だろうに)涙を浮かべておっしゃられた時に、「!?」。
そしてその時に初めて、在日朝鮮人の方の日本に於ける辛い境遇が存在するんだというのを、うっすら想像したものです。

その後、何人かの在日の子と友達になりました。
その度に、日本でどんなに酷い目に遭ってきたかを多少は聞かせてもらいました。
でも、私は中学生だった時と同じように特別扱いすることなく、今では彼女たち彼らの民族にある種の敬意を表し、互いの違いを認めでも今は同じこの日本国で生活をしている仲間というスタンスで接しています。

中学生をいう多感で色々な価値観を育む頃にそういう開放的に環境で育ったこと、本当に良かったと思います。

中国にいっても、「多くの日本人はうわべはとてもニコニコしていて、友好的だけど、その実心の奥底のところで私たち中国人を日本人より劣っているという風に考え、優越感を持って私たちに接している人が多い。でも、そんな人私たち、判るよ。ちゃんと。馬鹿じゃないよ。なんで、あなたはそうじゃないの?」と聞かれたりする。だって、民族間の優劣なんて、ないもん。
あるわけないもん。
本当にそう思っているから。
私個人が中国人の仲の良い友人より劣っている、とは思うけど、それは私個人の資質の問題であって、日本人全体を表すものではないから。
海外に何回も行く機会を得て、心底思うのは、「人間には二種類。いい人と悪い人。民族間での違いより、いい人は民族が違ってもいい人だし。悪い人は同じ日本人でも絶対に仲良くなれないし、なりたくもないし。」ってこと。

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Megダイアリー 2002年11月23日(土)

今日は寒い

なんだろうね、今日は。
まるで絵本の中に描かれた冬の絵みないな、雪でも降りそうな、どよんと暗い日。
わざわざ、あったかぁ〜い恰好をしてこの寒い中をお散歩っていうのもいいけどね。

私は冬生まれなのに冬が大嫌い。
よって、冬を上手に過ごすことを子どもの頃から考えてた。
だって、子どもの時の私は両手両足シモヤケちゃんで、痒くて痒くて、勉強どころの
騒ぎじゃなくて、よく、尖ったもので痒いところを突いているようなMな子だったか
ら。
なんとかドリーミィーな空想や発想をして、現実逃避して痒みを忘れたかったからね。
子どもの時から、本の虫だった私は荒唐無稽なことや奇想天外な空想話を思いつくのが大得意で、母を困らせたりもしたくらい。
だって、何言ってるかわかんないくらい現実世界からかけ離れたこととか平気で言っちゃうから。
現実と空想の境界線が結構ゆるかった。
私の内的世界ではそれでもきちんとバランスが取れているから問題はないけど、外部から見たらちょっと難ありかもね。
今現在、子どもさんがいらして、親から見て不思議だと思っても私の子ども時代みたいな子もいるかもしれないので、あまり自分と比べて「この子は変だ!」と本人に言ったりしないで下さい。
変だな?と思ったとしても見守ってあげて下さい。
ゆっくり見守ってからでも変か変ではないかのジャッジをするのは遅くないと、思います。

寒い日でも、お店は暖かくしてしてありますから、お客様に寒い想いをさせないようにはしているんで、大丈夫です。いらしてください。

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Megダイアリー 2002年11月22日(金)

黒蜜生姜アイス

インフルエンザが猛威を振るいそうな今冬、体に良さそうなアイスを新発売しました。
黒蜜生姜アイスです。
体の免疫力を上げて、風邪を呼び込まないようにしてください。
それと、なんといっても免疫力にはストレスが天敵。
でも逆にストレス受けても、それを上手くかわせるのも免疫力のお陰。
鶏が先か卵が先かって感じだけど。
免疫力アップに一番手っ取り早いのは、笑うこと。
強力なストレスを受けたらコメディームービーでも貸しビデオ屋さんで借りて笑ってみますか?
でも、ストレスの難しいところは、自分自身はたいしたことないと思っていてもそれが実は、自分の深かいところにぐさりと突き刺さっていることに自分が気が付いていなくてストレスを受けている自覚がないときが怖い。
もう、この寒さだけで十分ストレスだっちゅーの。

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Megダイアリー 2002年11月15日(金)

21世紀になってから

1999年には、みんながノストラダムスの予言書や色々な宗教観に基づく世紀末論などに振り回されて、何かが起きるに違いないときっと100年ごと、1000年ごとに繰り返してきたであろうことは容易に予想できるが、根拠のまったくない目に見えない恐怖におののき、そして、そんなちょっとした不安を抱えた一人一人がまた噂や思惑や自分の負の想いをウイルスのように風評被害を振りまいてしまっていたあの頃、人々は今振り返るとちょっと変だった。
私もある友人から事あるごとに「コンピューターの2000年問題」を説かれて、電話や手紙で「今のままじゃダメだ。」「準備不足。」とお説教されて、元来のんびり屋の私も11月に入る頃には結婚式も控えていたのに「こんなことじゃ、お正月早々パニックが起きるかもしれない。もっと食品を買いだめしなければ。」と思ったものだった。

そして、何事もなくあっけなく2000年を迎えると、何もなかったことをちょっと拍子抜けしたような面もちで「あっ、そうなの?何もなくてこのまんま先に行っちゃっていいわけ?」っていう感じで、何もない方が良いに決まっているのに、人間のダークサイドが悪魔の囁きを聞いた時のようだった。

私は、結局、さんざん私のお尻を叩いて準備をするように仕向けた友人と、その後疎遠になった。
だって、その彼女は私に今回の2000年問題はユダヤの陰謀説かもしれないとか、この時期に合わせてテロが頻発するかもとまで吹き込んで私のことを不安にさせたから。
彼女も私にさんざん吹き込んでいたのに、まるで何も起きなかったからバツが悪かったのか、なんとなく連絡を今までのように頻繁にはよこさなくなったし。
勿論、彼女は私が困らないようにという配慮から私に一生懸命情報をくれていたのは判っています。
でも、やはり不安な状況に、相手をより不安を煽るような方法で伝えるのは、本当に愛ある情報伝達ではないでしょう。
きっと、何かもっといい術ってあるはずだと、思ったんですよ。

そして、21世紀は戦争の不安におののきながら、漠然とした暗雲が頭上をかすめているのを感じながら生活する、全然平和とかけ離れた日々でした。
全世界的に、ボーダレスにテロが行われ、国籍民族関係なく殺されたりします。
どうして、こんな世の中なんだろう。

他人と自分の違いを楽しめるようになるのが、究極の豊かな人生だと思うのですが、兎角、人は相手を受け入れる前に自分との違いを真っ先に見つけ、そしてその違いを糾弾したり矯正したりして未知の理解しがたいものを排除してしまう方向に動きがちです。
でもその違いをお互いに「個性」と認め、尊重しあえるということをできるのが真に勇気のある人間、そして成熟した人だと言えるでしょう。

私も、かなり人見知りだし、なかなか自分から人に話しかけるのはプライドがじゃまをして、難しいのですが、最近は少しずつ無理やりにでも相手の「個性」を楽しもうと頑張って努めています。
そんな小さな積み重ねが、戦争のない平和な世の中を作ることの礎となるのだったら、努力もまた楽しいかな?と思って。

今日は何で、こんな文章なのかというと、毎年私たちは1月に2週間程度の休みを取って海外に旅行に行くことにしているんだけど、何だか今回は気乗りしないんだ。
いつもだったら、さっさと予約を入れているんだけど、何だか遅々として計画が進まない。
それもこれも、「バリ島のテロ」「モスクワのチェチェン人のテロ」、「イラクの査察問題」や「アルジャジーラがビンラディンの声明」を放送したことにあるんだけど。前回もN・Yのテロの後に渡ハしたんだけど、空港の警備が厳しかった事以外は向こうで不都合はなかったんだけど、折角の年に一度のバケーションなのに何となく心底楽しむことが出来ないのが不愉快で、、、
いっそ、沖縄に2週間っていうのはどうかなぁ。
でも、主人は猛反対するよなぁ。
彼はハワイ大好きだもんなぁ。
しかも、私たちの渡ハには大事なmissionが!
私たち、日本人の中ではガタイのいい方なのでアメリカサイズのお洋服をバーゲン価格でゲットするのが目的で渡ハするというのもあるのです。
特に私は、今時の日本人の女の子のお洋服は全く着れません。
アメリカサイズの10、とか12、向こうのMで丁度だからね。
う〜ん、どうしようかなぁ。

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Megダイアリー 2002年11月11日(月)

PaulMcCartney 東京公演

11月11日。
1が四つも並んで、なんだか良いことがありそうな良い予感のする、素敵な感じ。

月曜日。
お休み。
最近の私はほっとくと、13時まで目が覚めない。
ほぼ12時間近く寝てしまうお休みの日もある。
昔から、睡眠時間は長い方だったけど、勤め人だったことに比べると、このところまた長くなってきているような気が。
歳をとると、寝るのも体力がいるから長くは寝られなくなるってよく言うけど、そんなことはちっともないなぁ。

で、自然に目が覚めるまで私の体の勝手にさせておいて、今日も13時にやっと目が覚めて起きて、テレビをつけながらお家のことをたらたらとこなす。
今日は気温が高かったから、ベランダで冬のお花や球根の植え込みをして、お風呂の残り湯でお花にたっぷりお水をあげて、ついでにベランダが土で汚れちゃったのも残り湯で綺麗に流したりして(冬場は残り湯だと手が冷たくなくて嬉しい。その代わり、入浴剤は入れられないけどね。とはいえ、塩素を除去するためにビタミンCの粉末だけは入れます。だってそうしないと、お肌かさかさになっちゃうもん。ビタミンCはいいですよ。私はシャワーヘッドもビタミンCで塩素が除去出来るタイプのものに付け替えてしまいました。そのお陰で、髪の毛が痛まなくなりました。HAIRカラーを3カ月に一回はしているのに、枝毛なし。これは本当にお薦め。)。
お洗濯ものをたたんで。
お夕飯の支度をして。
メダカに餌あげて。
下着の洗濯をして、干して。
生協が来て。
お布団乾燥機をかけて。
シャワーを浴びて、お化粧して。

で、今日は東京ドームにPaulMcCartneyの東京公演初日を見に行くのでした。
私はオンタイムでビートルズ世代ではないし、特にすごいファンだったわけではあり
ません。
でも、遊び人大学生でぶいぶいいわせてたころ、六本木の交差点近くにあった「キャバーン」というビートルズのカバーバンドが夜な夜なビートルズナンバーを演奏するライブハウスがありまして、当時、かなり年上の男性とつき合っていた私はよくその店に連れて行かれたものでした。
最初は、全く知らなかったビートルズナンバー、知っていたのは中学校の英語の時間と高校生の音楽の時間に歌わされた、「Let it be」「yesterday」くらいだった私も、通い詰めるうちにだんだん知っている曲も増えて、その店に行くのが楽しくなって来た頃に、OLになりその年上の彼とも別れ、すっかり足が遠のいてしまって行くこともなくなってしまったのですが(今はもう、そのお店はないです。)。
バーボンをロックでぐいぐい飲みながら聞いた、ビートルズナンバー。
懐かしいなぁ。

今回、Paulが来ることを知ったとき、年齢的に考えると日本でのコンサートはもうこれが最後かも知れない、だったらやっぱり一時代を築き上げた彼のコンサートを生で聴いておきたいなぁと思って、、、
チケット高いので、二の足は踏んだのも事実だったんだけど。

で、コンサート、すっごい良かった。
これから行く人もいるかもしれないから、演出に関してとか多くは語らないけど、実に大人のためのいいコンサートでした。
来ている人ももちろん、大人ばっかり。
そして、会場にこんなに愛のあふれたコンサートも初めて。
「愛のあふれた」なんてチープな表現はどうかと思うのだけど、とても穏やかでゆったりした空気、そしてこの空間を積極的に心地よいものにしようという気持ちに満ちていて、なんだか暖かいムードで、チープでもそういう表現しか出来ないんだよなぁ。
いやぁ〜、行って本当に良かった。

まだ、13日14日の東京公演があります。
当日券は16:00から販売されるそう。
ご予定が許す方で、行く気がなかったけど、私の日記を読んでそうかなぁ?って思った方、是非。

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Megダイアリー 2002年11月10日(日)

今年は寒くなるのが早くて...

今年は寒くなるのが早くて、参ったなぁ。
11月ってまだ、例年だったら暖房器具を使わないのに、今年はもうホットカーペットつけちゃってます。
もっとも、11月末の気温とか、12月上旬の気温とか「今秋一番の寒さです。」ってお天気お姉さんが毎日毎日言っているくらいだから、例年よりはるかに寒くなるのが間違いなく早いんだから、つけても良いんだけど、、、
なんか余りにも早く暖房つけちゃう自分が軟弱者チックで厭なんだよね。
で、寒くなると手足が冷えて眠れない女の人って多いんだって?
私、全然そんなことないから判らないんだけど、、、
もっとも、私だってもの凄く寒い夜は湯たんぽ使ったりもするんだけど、結局は朝にはベットの下に蹴り落とされているもんね。(最初は良くても結局は私には熱いらしくて、けっ飛ばしているらしいの。)
それと、先日テレビでやっていたけど、空のペットボトルに風呂の残り湯を入れて、椅子に腰掛けたら、床にお湯入りペットボトルを置いてそれの上に足を置いて青竹踏みの要領で足裏のツボ刺激&暖めを1〜2分やるととってもリラックスしてよく眠れるらしいですよ。
私には必要ないので、試していないのですがテレビの番組の中の被験者は1週間でとても効果を感じていましたけど。
良かったら、試してみては?
お金もかかることではないし。
あと、お風呂にはいるのは絶対条件だよね。
シャワーじゃだめ。
特に、冬はね。
私がアロマの勉強をしていたときに、よく講師の先生がおっしゃったのが、「体の汚れはシャワーで落ちても、心の汚れはお風呂じゃないと落ちないわよ。」ということ。
そうなんだよね。
お風呂の湯船にゆっくりつかると、がちがちに固まっちゃった心がほわ〜んとほぐれていくのを感じることが出来るものね。
今は、色々なバスグッズが売られているから、今日はこれ明日はこれととっかえひっかえ楽しむことも出来るけど、冬は美味しいミカンを食べてお味を楽しんだ後に、ミカンの皮を天日で二三日干してかりかりになったものをストッキングに入れて湯船に浮かべるというリーズナブルな方法もあるし。
塩、日本酒も入れることが出来る身近なものの代表ですよ。
でも、老廃物の排泄だと日本酒が一番効果が高いらしいですよ。
風邪引かないようにご自愛下さい。

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Megダイアリー 2002年11月9日(土)

うちの夫婦は

うちの夫婦は本当に良くしゃべる。
話題は、自分の身内のこと、幼少時代のこと、テレビのニュースやドラマやCMを見ながら気が付いたこと、お店のこと、自分たちの将来に関して、友人のこと、映画のこと、食べ物のこと、新聞をどちらかが読んでいて信じられないような記事を目にしたら相手に読み聞かせて意見交換をしたりして、、、
本当に様々なことを話す。
そして、何かやるとしたら必ず一緒にやりたがる。
本当に双生児夫婦だ。
顔も似ていると言われる。
私は全然似てると思ってないけど、雰囲気が似ているのかな?
皆さんは、話、してますか?

でも、私がお見受けするところ、西荻窪在住の男女は老いも若きも仲の良さげなカップルが多いですよね。
結構、お年を召された方でもなっかよ〜ぉくお手手繋いじゃったりしてますもんね。
って、家の夫婦もそうですけど、うひょ。

夫婦って不思議。
もともとは赤の他人なのに、今では親と一緒に居るより全然楽で肩の凝らない相手なんですから。
私のパートナーになる人は本当に大変と思う。
私はものすごい、超がが何個付くか判らないくらいの甘えん坊。(もうね、凄いよ。
恥ずかしいから、どんだけ私が甘えん坊かって言うのはここには書けないけど。知っている人は、うなずきながら読んでいると思う。きっと私の幼少期には何か問題があったに違いないと憶測されるくらいの甘えん坊ぶり。)
優しくない人は男の人じゃないと思っているし。
男の人であっても、お話の仕方が優しくないと厭。(俺についてこいっていうのを、あからさまに誇示するような話し方の人はパス。)
そして、一緒に美味しく食事が出来ない人も厭。
感情表現がストレート。
嬉しかったら、歌って踊る勢いだから(訳のわからない今の気分や出来事を即興の唄や替え歌にして歌うのは日常茶飯事、土着的な民族的な振りが付くことも多々ある)。
主人は、私のことを「楽しい」とテレビを見るがごとく観賞して、それなりにENJOYしているようですけど。
しかも、何かに夢中になるとそれに没頭してしまうし。
子どものようにエネルギーが切れる直前まで元気で、エネルギーがなくなるとぱったっと急に眠くなって寝てしまうし。
で、そのくせ頑固だし。
うわぁ、書いていて厭になってくるくらいだ。

でもね、こんな「取り扱い要注意」の地雷くらい大変な私ですけど、何かの縁で夫婦になった以上、相手の人生が自分が存在したことで豊かで実り多い良い人生だったと思ってもらいたいし、死すときには「本当にありがとう。あなたと歩いた人生で本当に良かった。」と感謝の気持ちをきちんと言って、伝えて死んでいきたいし。
一緒に成長もしていきたいし。

もっともっと色々なことを話したいなぁ。

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Megダイアリー 2002年11月8日(金)

秋ですね

秋まっただ中。
どんな秋をお過ごしですか?
「東京」という無味乾燥なコンクリートだらけの自然とかけ離れてしまった人工的な印象の強い街も街の木々が色づき、彩りを与えることによっていつもよりドラマティックな趣を見せ、ちょっとロマンティックな気分になりますよね。
夕日の綺麗さや遠くにはっきり見える富士山もまた、その気持ちを加速させますよね。

何処かの公園で落ち葉の厚い絨毯をざくざく踏みながらのお散歩、したいなぁ。
石神井公園とか、いいんだよなぁ。
お薦め公園があったら教えてください。

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Megダイアリー 2002年11月7日(木)

馬頭琴

子どもの時から本が好きだった。
家の母は変わっていたので、ベットで一人寝ている6カ月の乳幼児の私の枕元に、よかれと思って絵本を置く人だった。
読めないだろうっ!まだっ。
でも、そのお陰か、自分でページを繰ることが出来るようになると文字が読めなくても、「うっく。」「うっく。」(本人は本を音読しているつもり、、、らしい。)とあたかも本を読んでいるかのごとき様子だったらしい。
本当かな?
でも、気が付くと私の周りにはいつも本があるという環境だった。
本だけは、ふんだんに与えられた。

「スーホと白い馬」という絵本は、そんな私の子供時代に出会った本の中でもとりわけ心に切なく響いて涙した絵本の一つだ。
その時から、モンゴルってどんな国なんだろう?馬頭琴ってどんな楽器なんだろう?って思っていました。

しかし、その楽器に出会うことなく、30年が過ぎた。
そして、昨日、本物の馬頭琴とやっと対面した。

想像していたのより遙かに西洋的な音色の、洗練された音の楽器なのが意外な気がした。
もっと、胡弓とかに近いオリエンタルで民族色の強いイメージがなんとなぁくあったから。
草原のチェロと呼ばれるだけあって、本当にチェロそっくりの音色。
昔は馬の尻尾の毛が弦に使われていたという。
もしかしたら、昔のその馬の毛の馬頭琴だったら、もっと違う私が想像していたような音色だったのかも知れないなぁ。

馬頭琴の人間国宝、中国国家一級演奏師という称号をもつ、チ・ボラグ氏率いる野馬(イエマ?方々の演奏は、それはそれは素晴らしくコンサートを堪能しました。
一方うちの主人は、そんな素晴らしい演奏を尻目に、その演奏をあたかも馬頭琴の音色流れる青い空、緑の大草原で寝ころんでいるかのごとき気持ちよいうたた寝に興じていました。(でも、主人以外にも結構撃沈している人、多かったな。本当に、心地よかったもんなぁ。)
コンサートが終わって、「ずっと寝てたね。」と私が言うと、「うん、本当に気持ちよく寝たよ。でもね、ずっと聞こえていたんだよ。頭の片隅に、、、。」って言っていたけど。
まぁ、確かに気持ちよかったもんなぁ。
「あぁ、本当に良いコンサートだった。堪能した。」と言う私に、「ほんと、楽しかったね。楽しく寝たもん。」
って、奴の感覚は私にはちとわからん。
まぁ、いいか、楽しかったなら。
つまらなくて寝てた訳じゃないからね。

私は、第二部で演奏された、日本の『荒城の月』に感銘を受けました。
もともと、この曲の持つ美しく寂しい旋律が子どもの頃から好きだったのですが、こんなにも美しい『荒城の月』は始めて聞いた。
見事としか言いようがない。
コンサートチケットの代金はこの曲一曲聞くために払っても良いと思うくらい。
¥4,000払うからもう一回弾いて欲しい!と思ったくらい。
機会があったら、皆さんも是非。
土曜日に千葉市若葉文化ホールで再び演奏会があるようです。
もしかしたら、当日券があるかもしれませんよ。

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Megダイアリー 2002年11月4日(月)

楽になって

お店が一つになって、二週間。
こんなに体が楽になるものかと、、、 

体だけではないですね、気持ちも、、、
新製品どうしようとか、この棚がもう少しこうであったならもっと使いやすいのに、とか頭を使ったり働かせたりするような意欲が出てきやすい気がします。
今までは、不備や不便が目についたとしてもどっちかというと「う〜ん、後回し。見なかったことにしよう。今、毎日のことをちゃんとこなせれば、多少の事には目をつむるんだ。」って思っていたんだけど、、、
ルーティンワークの歯車になってしまう感じ。

しかも、がちがちに固まった筋肉が少しずつ少しずつほぐされてきたのにともなって、体重が減少してきたんですよ。(ちゃんとサプリメントも飲んでます!)
そして、食べる量も減って、、、(無理をして減らしているわけではありません。体が『ごちそうさま!』サインを出すタイミングが早くなったって感じ。)
なんだか、頑張らなければならない気持ちとかストレスが過食傾向を作り、体を強張らせて、気持ちも縛っていくようなかんじ。
悪のサイクルに完全に取り込まれていたなぁ、って感じ。

もちろん、私は頑張らない人は嫌いで、頑張る人の方が好きだし、これからもそうありたいと思っているけど、必要な頑張りとそうでないこともあるのかも知れない、と思いました。

最近は西荻の夜番に入ることも多くなって、夜は非常に常連のお客さまが多いので、お話ししたりするのも楽しいと思えるし。
良いことずくめです。

荻窪店をご利用なさって下さっていたお客様がみんな西荻にきて下さるとは思っていませんが、少しでもいらして頂けるように荻窪メニューの復活に少しずつ歩き出しています。
お楽しみに。

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Megダイアリー 2002年11月3日(日)

この寒さは...

今年は寒くなるのが早くて、参っちゃうなぁ。
ニューヨークはもう3℃だって。
さむっ。
なんで、ニューヨークの気温を知っているかというと、11月3日はニューヨーク市民マラソンという話題をラジオでやっていて、その時に3℃って言っていたから。
そりゃ、走れば寒くなくなるとはいえ、3℃はやはり寒くはないのか?

ニューヨーク市民マラソンではBGMとして『ロッキーのテーマ』とかが流れるらしいの。
『ロッキーのテーマ』流れる中、まだ暗いニューヨークの街を走るなんざぁ、ちょっといいよなぁ、頑張れそうな気がするよなぁ、って単純にも思ってしまって、私に新たなる野望が出現。
そうです、ニューヨーク市民マラソンに参加するという夢。
その前に、ホノルルマラソンに参加したいんだけど。
私の話を聞いた主人はばっさり。
「その前に、毎日、すこしジョギングでもしたら?」
そうなんだけどね、ははは。

日本のマラソンではBGMとか流れないんだよね!?
流れたら、もっと楽しく走れると思うんだけどなぁ。
あっ、日本のマラソンは楽しく走っちゃいけないのか、、、
一生懸命走るものか、、、

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Megダイアリー 2002年11月1日(金)

最近の楽しみは...

最近、何年も前のNHKでやっていた、「七瀬ふたたび」を貸しビデオ屋さんで借りて見ている。
まだ、途中までしか見ていないんですが、とぉ〜っても不思議なことが、、、
私は、これを見ていた1979年は14歳。
中学2年生。
この番組がとっても面白くて、大好きで、学校で友人とこの番組についてあれやこれや話をした記憶が鮮明にあるにも拘わらず、今、再び映像を見て記憶に残っている場面が一つもないこと。
なんで?
私は、主人もびっくりするくらい、自分が必要だと思いこまない限りかなりのことをかなりの確率で綺麗さっぱり忘れてしまう見事なまでの低い記憶力を持つ人なのですが、ここまで酷いと、自分であきれちゃう。
私の記憶力は「耳からの情報」に関しての記憶力が一番弱いということは最近の主人との分析で判明していたのですが、「目からの情報」、しかも「文字」ではなく「映像」だったので私自身のショックも大きかったですね。
ここまでとは思っていなかった。
誰か、記憶力がアップする方法を知っていたら、教えてください。

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