|
フリーダカーロ
フリーダカーロという、メキシコの女流画家を知っているだろうか?
私がフリーダに最初に出会ったのは、有楽町西武で行われた展覧会でのことだった。 あまりにもはっきりした色遣いと、奇々怪々な多くの場合はグロテスクに映るモチーフに、圧倒された。 そして、彼女が何故そのような絵を描いたのか、描かざるを得なかったのかを彼女の半生を知って思い知らされた。
でも、展覧会を見て回って、出口を出る頃には私は何故か猛烈に元気になっていた。
彼女の絵からもの凄いパワーをもらっていたんだと思う。
そして私は、彼女を不幸な人とは思えなかった。 彼女はまさに人生を味わい尽くし辛酸も舐め、でも美味しくて甘くて甘美なまでの愛も享受したと思えたから。
数々の事故や出来事で肉体はぼろぼろだったと思う。
数十回に及ぶ手術を受け、痛みのない日はないくらいだったと読んだ。
でも、彼女は、持ち前の生命力の強さで自分がやりたいことはやる努力をした。
しかも、成し遂げた。
思う存分。
その展覧会で買った画集は、今でも大切にとってある。 そしてその日からいつか、メキシコに行き、彼女の美術館を訪ねてみたいと強く願うようになった。
22歳くらいのことだったと思う。
そして、そんな願いは以外と早く現実のこととなる。
26歳で一回目の結婚した私の新婚旅行先はメキシコだった。
きっと、私は彼女に自分をなぞらえたかったんだと思う。
私は彼女と違って才気煥発でも、才能あふれる魅力的な女でもない。 外見的な魅力にも富んでいる訳ではなく、むしろその逆なんだけど、彼女の生命力の強さ、開拓していく力、実行力、そいういうものに憧れたんだと思う。
私は強い人が好きだ。
真の意味で強い人。
私にとってフリーダカーロはまさに強さの象徴だった。
強い人はまた、優しく慈愛に満ちてもいる。
3連休の初日、渋谷のル・シネマで「フリーダカーロ」を見た。
後半、涙が止まらなかった。
うだうだ考えてばっかりの頭でっかちになってしまっているような人に見て欲しい。
世間を怖がって傷つくことを怖がって、外に出て行けない人に見て欲しい。
命を大切に、自分を大切に出来ない人に見て欲しい。
自分を無駄になんてしている暇などないはず。
メキシコは、美しい街が多い。
映画では1920年から1950年の風景が見事に描き出されていて、見応え十分。
私も登ったことがあるが、メキシコのピラミッドティオティワカン。
ここは、本当に不思議なエネルギーの場所。 勾配が急で登るのはかなり大変なんだけど、メキシコに行ったら欠かせない観光スポット。
フリーダカーロの美術館は長期の休館で、結局行けずじまいだったので、ディ エゴリベラの美術館に行った。 ディエゴのアトリエが今でもそのままに残されているのだけど、私は彼のアトリエには長く居ることが出来なかった。 他の、絵を展示してあるお部屋とかは大丈夫だったんだけど、アトリエだけは彼のエネルギーがあまりに強く残っていて、今にも絵筆が動き出しそうで怖くて、私はそそくさと階下へ移動したのを今でもはっきり覚えている。 一度離婚した二人が再婚した後に、川遊びをしている風景が映し出されるのだけれども、ここはメキシコシティの郊外にある運河のような場所で、音楽を奏 でながら船の上で食事をさせてくれる日本の屋形船のような船遊びの場所で、 メキシコシティの人たちはお休みの日に大挙して出かける人気のスポットなの だ。
何艘もの船が行き交う様はなかなか見応えがある。
しかも、食事も美味しいしなにしろ楽しい。
久しぶりに見て、懐かしかった。 それから、映画の中でフリーダの寝ている天涯付きのベットの枕がメキシコの刺繍で美しく彩られたものだったのだが、そこにスペイン語で愛を意味する言葉が刺繍してあるのを見て、なんとも切ない思いに駆られた。
ここ6年くらいは、行っていないメキシコ。
来年あたり再び訪ねてみたくなった。
そして、今度こそフリーダカーロの美術館に行ってみたい。
→ トップページにもどる
|